合理的に判断しようとすれば
意思決定に時間を要する。
さらには、時間を要した挙句に、結論は出ない。
事業戦略の場合、その元凶は
後述する「盲目的な市場シェア至上主義」にあるような気がしてならない。
アフェクティブな経営。
行き着く先、その判断は企業体自身が有する「好き・嫌い」になる。
----
「評価」からの解放。
「いま自分は評価される状況にある」という認識があるかぎり
自らの直感に頼る言動にブレーキがかかる。
「これがいい」と思い、勇気を出した発言が上長者の地雷を踏んでしまった時、
「何が地雷か?」「地雷を踏まないようにしたい。正解は何か?」というモードになってしまう。
こうなると、正解を合理的に見極めようとする。
しかし、これからの時代をどう生きるかという問いに、正解など無い。
かくして意思決定は長時間化する。発言できなくなる。
これが「委縮」という状態。
換言すると、
上長者の評価、上長者が保有する「正解・不正解」に気を取られるビビり人間に
事業戦略なんぞ期待すること自体が間違っているのかもしれない。
こういう人が事業戦略に関わると、ロクなことがないような気がする。
不正解にならないように合理的に判断しようとするだろうし、それに加えて、顔の無い“へのへのもへ字”状態の漠とした顧客像を相手に「昨今の顧客ニーズは多様化している」なんぞと言って結局なにも決められないだろうから。
スキルだけで職位を上げてきた人は
「スーパー担当者」の職位でリタイヤしてもらったほうが組織のためになる。
間違っても、事業構想者としての経営層には入ってもらわないほうが賢明。
----
スキルは教育できる。
センスは教育できるか?
今回の議題に即して言うと
ここでいう「センス」は、
事業戦略を組み立てる力。儲け話を創る力。ストーリを創る力。
それは、4Qで言うと、
“So what” と “Why” だけで一連の話を語れる力。
“What” や “True” を食らう話は、ストーリーとはいえない。
話が「因果」で語れていないということだから。
箇条書きなら誰でもできる。
ダラダラと、ヌケモレなく項目を並べることなんぞ誰でもできる。
必要なのは
「流れ」、「ストーリー」。
物事を因果律で表現できる力は
いま最も必要な力の一つ。
----
初っ端から「多くの顧客に受け入れられる価値」を考えるのではなく、
「当該事業が喜ばせたい顧客は誰なのか?」という観点から徹底的にコト価値を考えたい。
市場シェアは目的ではなく、結果。
「初めから大きな市場シェアを狙うべきではなく、
顧客シェア最大(オンリーワン)を追求した結果、
それがより多くの顧客に受容される」 と考えたい。
市場シェア至上主義を捨てる勇気が、いまの我が国企業には極めて重要。