さきほど編集部に報文集原稿を提出しました。
以下に転載します。
クオリティフォーラムはこれで3年連続の登壇ですが、
ピン講演で2時間枠を任されるのは初めてです。
今回は、生まれて二度目の著書の「出版記念講演」を兼ねているため、
気合い全開バリバリで臨みたいと思っております。
もしよろければ、ぜひお越しください。
このたびのクオリティフォーラム2014のパンフレットは下記URLに掲載されています。横帯一列いっぱいにご紹介いただくと、さすがに緊張します。
<タイトル>
事業創造人材の育成
:理想追求型QCストーリーを用いた組織的取組みによって育成される新たな人材像
名古屋工業大学大学院
産業戦略工学専攻
加藤雄一郎
【講演要旨】
人材育成…企業において極めて重要なこのテーマに新たなキーワードが登場しました。それは『事業創造人材』の育成。経産省をはじめ、経団連など財界や人材系コンサルが揃って、事業を創造できる人材を社内に育成することの重要性を説くようになりました。しかし、現状の教育研修プログラムは、業務遂行スキルのトレーニングが中心であり、事業丸ごとの高付加価値化を担う人材育成のプログラムは発展途上にあります。そのような中、理想追求型QCストーリーを用いた部門横断型の新製品・サービス開発の取組みが、結果として事業創造人材の育成に貢献する可能性を秘めていることがわかってきました。今回は理想追求型QCストーリー概説書の出版記念講演として特別に2時間枠を頂戴し、全三部構成で随所に企業事例を交えながら「いかにして事業創造人材を育成していくか」について皆様と一緒に考えてまいります。
1.日本企業には戦略がない
「ヒトの成長なくして組織の発展なし」、「今や企業は経営戦略の一貫としての人材育成が必要」、「人材は、企業にとって欠かせない経営資源だ」・・昔も、今も、そしてこれからも企業にとって「人材育成」は決して欠かすことの出来ない重要なテーマであり続けています[1][2][3]。しかし、人材育成に関する以下の現場の声をご覧ください。これらは筆者がグループリーダーを務めた品質管理シンポジウムで実際に寄せられた企業の方々の生の声です(図表1)。
図表1 人材育成に関する各社の管理職層の声
このように、「業務遂行スキル・知識の習得」を過度に重視する現状の人材育成を問題視する声があることがわかります。ここで大変興味深い見解として、「担当者」 vs 「経営者」 というものがあります(図表2)。「担当者と経営者は求められる資質や能力が違う。担当者に対して新たな知識・スキル習得させても未来の経営者として育たない。知識・スキルを更に注入して出来上がるのは、スーパー担当者だ!」という言い分です[4]。
図表2 担当者 vs 経営者
では、今後を担う「未来の経営者」としてこれから求められる人材は何ができる人材なのでしょうか? その問の答えとして、昨今、知識・スキルの習得ではなく、持続的な事業の高付加価値化を考え、企業に持続的競争優位をもたらすことのできる人材が注目されています。キーワードは「事業創造人材」です。
図表3 これからの時代の産業界が育成すべき人材像
図表3に示す人材はしばしば「事業創造人材」と呼ばれます。それぞれの主張のポイントを整理すると、「事業創造人材」とは事業全体の持続的な高付加価値化のため、自社は今後どのような価値を提供し、その価値を実現させるために自社はどのような組織オペレーションをすべきか」を検討できる人材ということが出来るでしょう。
図表4 事業創造の3ステップ
事業創造の大枠は、次の3ステップが世界的に良く知られています。新たな価値を発見し、価値を実現する手段を開発し、価値提供のプロセスを構築する、という3ステップです(図表4)[5]。しかし、事業創造はそう簡単にはできることではなさそうです。大枠そのものはクリアであるため、実務家はその要旨を頭では分かると思うのですが、いざ実践しようとするとなかなか思うようにいかないことが指摘されています。その原因は事業創造人材の育成プログラムがまだ発展途上の段階にあるということだけでなく、次のような個人および組織の要因も影響しています(図表5)。
図表5 事業創造がうまくいかない原因
さきほど知識・スキルが習得するだけでは、経営者にはなりえないというお話をしました。このことを主張している方は、続けて次のように言っています。
「 経営者を育てることはできない。
組織ができることは、育つ環境を設けてあげることだけだ。 」
たしかに、そうも言えます。しかし、そう言ってしまったら、これまでずっと筆者の心の中で消えることのないPorterの指摘[6]をいつになったら突き返すことができるのかいよいよ分からなくなってしまいます。この文章が目に飛び込んできた時の怒りにも似た感情は、いまも決して鎮まることはありません。
本稿の文脈からいって、「日本には戦略がない」という言い分は、「日本には事業創造人材がいない」と言われていることと同じです。これを言われ続けたままで何も手を施すことなく、「相応の環境を設けることでしか、事業創造者は育たない」という立場を取るわけにはいかないのです。かといって、当時はまだ何も有効な手立てを持たない筆者には上記の言い分に何も言い返すことができず、数年にわたって悶々とする月日を過ごしました。
2.理想追求型QCストーリーがもたらした可能性
筆者にとって大きな転機は、理想追求型QCストーリーの誕生です。これまで筆者が積んできた、多くの企業との取組みを通して、全12ステップからなる「新製品・サービスの創造」手続きを考案しました(図表6)。企業からの依頼を受けてプロジェクトメンバーとワークセッションを実施する場合は、図表7のワークシートを用いています。なお、当日の講演では、実際の企業の事例を交えて手続きの概要をご紹介する予定です。
図表6 理想追求型QCストーリーの手続き
図表7 企業との取組みで使用するワークシート
筆者が企業からの依頼を受けてワークセッションを実施する際は、毎回のワークセッション後に「気づきシート」と称した書式自由のレポート提出を求めています。その「気づきシート」を見ているうちに、経験者の思考の質に変化が現れ始めたことに気づきました。筆者がこれまでに実施してきた理想追求型QCストーリー経験者の気づきシートのうち、注目に値することを抜粋したものを図表8にまとめてみました。
図表8 理想追求型QCストーリー経験者の声
上記をまとめると、理想追求型QCストーリーは、事業の将来に目を向けるという「思考の時間的広がり」と、組織全体を見渡すようになる「思考の空間的広がり」という、思考範囲の広がりをもたらす可能性を秘めているといえそうです(図表9)。
図表9 理想追求型QCストーリーが実務家にもたらす思考の質的変化
理想追求型QCストーリーはもともと魅力的な新製品・サービスの創造を意図した手法ではありましたが、筆者が企業からの依頼を受けて実施した実際のワークセッションでは図表10のように、討議されたテーマは多岐にわたります。
図表10 理想追求型QCストーリーを用いて議論されたテーマ
図表10に示した「事業が実現する価値」と「価値を実現するための組織オペレーション」は、競争戦略の二大要素です。前者は「事業の戦略的ポジショニング(SP: Strategic Positioning)」といい、後者は「組織能力(OC: Organizational Capability)」といいます(図表11・図表12)[7]。
図表11 競争戦略における2種類の「違いの作り方」
図表12 事業の競争戦略において目指すべき到達点
当初の理想追求型QCストーリーは新製品・サービスの創造を重視していたのですが、理想追求型QCストーリーを用いたプロジェクトメンバーとのワークセッションを通じて、新製品・サービスの創造に留まらず、SPとOCの検討がそのまま事業の競争戦略の検討に結びついていく可能性を秘めていることがわかってきました。さきの思考の質的変化というのが、まさにこのSPとOCを設定するために必要な基本的な要件であったのです。このような経緯を経て、筆者は理想追求型QCストーリーを用いたSPとOCの検討の継続はまさしく、「事業創造人材」の育成に繋がるものだと考えるようになりました。つまり、理想追求型QCストーリーはこれからの時代に必要な「持続的な高付加価値化のため、自社は今後どのような価値を提供し、その価値を実現させるために自社はどのような組織オペレーションをすべきか」を検討できる人材を育てる可能性を秘めているのです。そして今、理想追求型QCストーリーの基本的な考え方を活かし、これに新たな検討モジュールを加えることによって図表13のような新たな人材育成プログラムを作り上げつつあります。もうこれ以上、「日本には戦略がない」などとは言わせたくないのです。
図表13 事業創造人材育成プログラムの手続き概要
本講演は、出来たてほやほやの新著『理想追求型QCストーリー:「未来の顧客価値」を起点にしたコンセプト主導型の新製品・サービス開発手法」』の出版記念を兼ねております[8]。講演当日は、実際の企業事例を交えながら、理想追求型QCストーリーの概説を含めて全三部構成とし、「いかにして事業創造人材を育成していくか」というテーマを皆様と一緒に考えてまいりたいと考えております。たくさんのご来場を心よりお待ちしております。
参考文献
[1] 中原淳編 (2006) 『企業内人材育成入門』 ダイヤモンド社。
[2] 福澤英弘 (2009) 『人材開発マネジメントブック』 日本経済新聞出版社。
[3] 守島基博 (2004) 『人材マネジメント入門』 日本経済新聞出版社。
[4] 楠木建 (2013) 『経営センスの論理』 新潮社。
[5] O'connor,G.C., C.A.Corbet and R.Pietrantozzi (2009) “Create Three Distinct Career Paths for Innovation,” Harvard Business Review, 34(12), pp. 78-79.
[6] Porter,E.M., H.Takeuti and M.Sakabibara (2000) CAN JAPAN COMPETE?, Basic Books.
[7] 楠木建 (2010) 『ストーリーとしての競争戦略』 東洋経済新報社。
[8] 加藤雄一郎 (2014) 『理想追求型QCストーリー:「未来の顧客価値」を起点にしたコンセプト主導型の新製品・サービス開発手法』 日科技連出版社。