今回のワークセッションは
私がこれまでに経験した数々のワークセッションの中でも
トップクラスの進捗レベルでした。
「大躍進」と言っても過言ではないと思います。
親睦会、二次会、三次会を含め、全体を通して本当にものすごかったです。
今回のワークセッションには、加藤研学生が3人参加しました。
それぞれ感性(外部情報をキャッチできる力)が異なりますから
この2日間をどう感じ取ったかは各人各様でしょう。
経験量と知識量が私とは違うわけですから、
何がどう凄まじかったのかは私が感じたレベルには遠く及ばないと思いますが、
それでもね、きっと自分なりに何かは感じたことでしょう。
あるいは、私が感じ取れていねいことを感じ取っているかもしれません。
いずれにせよ、今回の経験は、研究室学生各人に、何かを感じさせたと思います。
経験させたかった人間が他にもいました。
今回の大躍進を事前に想定できたなら、なおのこと経験させたかった。
胸中複雑です。
「計画性が大事だ」ということは既に何度も伝えた。
それは「不確実性を回避する」という日本人のDNAと深く関わると思う。
いき過ぎた「備え・計画性」は柔軟性を失い、不具合を生む場合もある。
しかし、そういう心配は、一定以上の備える力を身につけてからで十分。
必要レベルに達する前からそんな心配は無用。
いま、最優先すべきは
「備えることの重要性」を、
お題目レベル(言葉レベル)の漠とした認識から、
実践レベルに移行させること。
それをしないと、この種のことを今後もきっと何度も繰り返す。
土壇場の力技なんとかしている現状を改善する必要がある。と思う。
つまり、
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備えるとは、
どのような不測の事態の発生を未然にふせぐために、
具体的に「何を」「いつまでに」「どのレベルまで詰めることなのか
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というように、
1. 備える行動を実践するために想定すべきパラメータは何か
2. 各パラメータについて、設定すべき水準値は何か
という2点を自分で考えることの重要性を本人が痛烈に認識することが
いま私が一番優先すべきことと判断しました。
計画性とは何か。「備える」とは何か。
そのために考えるべきは何か。
目標創造を掲げる我々は
常に、達成すべきは何かを考え続ける必要がある。
そのことを痛烈に感じてもらうしかない。
そういう判断がありました。
今回については私にありがちな感情任せではなく、
しばし、間を置いて判断しました。
期待が大きいだけに、
長い目で見て良いと思われる方を選びました。
結果は、
機会損失。
正直、胸中複雑です。
備えの不十分さはこれまでにもあった。
それを指摘してきたつもりではいた。
しかし、今回また繰り返された。
今回の機会損失は防げたと思う。
原因は双方にある。
それこそ、備えることができなかった。
凹凹凹。
今回の機会損失は痛恨。
しかし、起きてしまったことは、なかったことにはできず。
できることは、
これ以上の繰り返しをなんとしても回避すること。
この種の機会損失を繰り返さぬよう、
備えなければなりません。
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某自動車メーカーでは、
部門の忘年会幹事を、意図的に若手に経験させている。というお話を6年くらい前に聞きました。
そのときは、何も感じなかったのですが、
いまようやく、なぜ若手にそれを経験させるのか分かるような気がします。
身内を相手にした失敗は、
得意先や協力会社に対するそれと比べて相対的に軽度。致命的なことにならない。
彼らは忘年会幹事経験を通じて何に気づかせたかったのか。
その意図を考えると、
「忘年会幹事」という経験は、うってつけなんだなと、ようやくりかいしました。