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Channel: ひょんなことから国立大学助教授になった加藤雄一郎の奮闘記
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10月20日 0:00に投稿することにこそ意味がある。

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まえがき

「切腹覚悟で申し上げます」・・・TQM界の大御所らを目の前に、外様の若輩者がTQMに対して問題提起するというとんでもない講演に臨んだのは2006年12月2日。当日の講演は、この一言だけを毛書体で縦書きしたシートから入りました。第83回品質管理シンポジウム最終日の出来事です。

筆者はもともとTQMの世界の人間ではありません。名古屋工業大学に着任する前までは、広告会社でマーケティングプランナーとしてブランドマネジメント実務に携わっていました。講演内容の趣旨は、『TQMは、「達成すべき事」を決めた後のハウツーは充実しているが、「そもそも達成すべき事は何か」を検討するための方法論は弱い。つまり、“how to do”には強いが、“what to do”に弱い。一方で、ブランドマネジメントは「自分たちのブランドが実現すべき価値は何か」という“what to do”の意思決定に強い。TQMとブランドマネジメントは相互補完関係。TQMは、“what to do”に強いブランドマネジメントの考え方を導入すべきだ。私は両者を融合させてみたい』というものです。

「もし、質疑が紛糾したらどうか仲裁に入ってください」と講演本番直前に事務局にお願いしたくらい、若輩者の生意気な提言が直後の質疑で大荒れを招くのではないかと心配していたのですが、実際はまったく逆でした。「がんばってみなさい」「楽しみにしている」・・・ 何人もの権威ある先生方からこのような有り難いお言葉をいただきました。それらのお言葉が、“what to do”に重きを置いた「理想追求型QCストーリー」の誕生を導いてくださったといっても過言ではないと思っています。

しかし、その道のりは険しいものでした。その後、十数社の企業と個別に協働ワークしましたが、“what to do”の手続きをどうしても一意に定めることができなかったのです。十人十色ならぬ、十社十色です。風土や価値観は企業によって固有です。思考の手続きはこれら企業の固有性の影響を受ける為、「一般化」ができないまま数年の月日が流れてしまいました。

流れが変わったのは、2011年の「味穂会談」。大阪・心斎橋の「味穂」という居酒屋で、当時加藤研究室の学部4年生だった松村喜弘君とおでんをつつきながら話し合った時が転換点です。あの日は、広島で行われたマツダとのワークセッションの帰りでした。そのまま名古屋に帰るのはもったいないということになり、大阪で途中下車して京セラドームに野球観戦した後に立ち寄った店です。「なぁ、松村。いまマツダでやっている取組みは絶対に方法論として形になると思う。名称は既に考えていて、理想追求型QCストーリーにしたいと思っている。俺はどうしても理想追求型QCストーリーを産業界に提案したいんだ。一緒にやらないか?」・・・ 松村君は二つ返事でした。「是非やりましょう」と。私たちの中では、あの日のことを「味穂会談」と呼んでいます。この日を境にして、それ以降の企業との協働ワークでは、「その時点で最も有力なステップ仮説をもとに、実際に試してみて使い勝手を検討し、必要に応じてステップをすぐに再構成する」ことを徹底していきました。

当時はまだ肝心の中味が作り込まれていない状態でしたが、手法の名称だけは決めていました。それが「理想追求型QCストーリー」です。前述のとおり、本書が提案する手法の誕生は、TQM界の先生方からいただいた有り難い言葉がきっかけです。筆者としては感謝の気持ちを込めて、手法名称にTQMの語をどうしても用いたいという思いがありました。数あるTQMの方法論のなかでも、特に筆者はQCストーリーという思考手続きが大好きだったことから、ぜひ本手法にもQCストーリーという語を使わせていただきたいと思いました。

QCストーリーにはすでにいくつかあり、特に有名なものとして「問題解決型」と「課題達成型」があります。本手法を何型と呼ぶかについては、迷うまでもなく「理想追求型」にしました。この言い方はコマツとの取組みから生まれたものです。さきの第83回品質管理シンポジウムにご出席した当時のコマツの経営トップがその4か月後の2007年4月に「コマツ ブランドマネジメント プロジェクト(通称「BMプロジェクト」)」を立ち上げました。その後、現在までずっとご一緒させていただいておりますが、その記念すべき初年度メンバーとのディスカッションを重ねてみんなで編み出した言葉が「理想追求型」です。当時、プロジェクトメンバーと共に「顧客から見てコマツが無くてはならない存在になるために、コマツは顧客とどう向き合うべきなのか」について、いろいろな“型”を検討しました。顧客対応として最もダメな型は、価格競争に成りかねない「取引型」。これに対してコマツ自身が独自に編み出したのが「問題解決型」。そして、これからは自分たちプロジェクトメンバーの手で「理想追求型」と呼ぶに相応しい顧客対応プロセスを確立したいということになりました。顧客と理想を共有し、顧客とコマツの双方が力を出し合って理想を実現するプロセスの確立を目指すことになったのです。彼らと過ごした日々はいまの私の原点になっています。彼らの思いを引き継ぎ、どうしても形にしたかった。その気持ちが「理想追求型」という表記に表れています。

TQMに対する敬意からきた「QCストーリー」、そして、コマツBMプロジェクト初年度メンバーと一緒に考えて生まれた「理想追求型」という言葉。こうして、「理想追求型QCストーリー」という名称が誕生しました。

実際の理想追求型QCストーリーは、非常に多くの方々との関わりによって誕生したものです。理想追求型QCストーリーの基本思想は前述のとおりコマツとの取組みを通じて作り上げられました。初年度メンバーの熱い思いはいまも筆者の心に宿っています。理想追求型QCストーリーを方法論として一般化するきっかけを与えてくださったのはマツダです。プロジェクトメンバーのみなさまとの、あの熱き議論が最近話題になっている新モデルの誕生にほんの少しでもお役に立ったのならこれ以上の喜びはございません。理想追求型QCストーリーが最終的に全12ステップ構成に至る原形は、「名工大イノベーション研究会」にご参画いただいた企業のみなさまとの協働ワークによるものです。2013年1月から3月までの短い期間ではございましたが、みなさまとの協働はかけがえのないものでございました。このほか筆者の研究室と理想追求型QCストーリーを用いて協働ワークしてくださった企業は大小合わせて20社以上に及びます。たくさんの企業との取組みを経て、ついに出来上がったのが本書で記した全12ステップです。

このように、理想追求型QCストーリーは、私・加藤雄一郎の単独プレーによって生まれたものではまったくありません。非常にたくさんの企業のみなさまとの共創によって作り上げられたものです。この手法は、ご一緒した企業のみなさまとの、血と汗と涙の結晶です。みんなの知識の集約と生成がもたらしたものです。理想追求型QCストーリーを共創してくださったすべての企業のみなさまにこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

理想追求型QCストーリーの確立に関わってくださったのは企業の方々だけではありません。上記の企業と筆者を出会わせてくれたのはほかならぬ日科技連です。日科技連には、品質管理シンポジウムとクオリティフォーラムという主催イベントを通じて、その時点で私が考えていることを産業界に問う貴重な機会を数えきれないほど与えていただきました。特に、第95回から3回連続で品質管理シンポジウムのグループディスカッションリーダーを務めた経験は、全3回でのべ80名の実務家と議論する場をもたらし、本書の内容を作り込む貴重な機会でした。たとえば、第95回の議論では、「最も喜ばせたいのは誰か」を決めた後に、「その人に何をさせてあげたら喜ぶか」をコンセプトとして示すことが重要だという提言に至ったのですが、この議論は理想追求型QCストーリーにリード・ユーザー概念を持ち込むきっかけになりました。のべ80名の企業の方々との議論を通じて得られた知見は本書 第9章にたくさん散りばめられています。

日科技連を介して出会うことができた企業の皆様と共創した理想追求型QCストーリーは、是が非でも日科技連出版社を通じて産業界に提案したいと強く思っていました。念願が叶い、本当に嬉しく思っております。本書の出版はかれこれ4,5年前にはすでに出版計画が組まれていたのですが、具体的な期限がなかったことをいいことにずるずると月日を経過させてしまいました。これ以上、引き延ばすわけにはいかないと自分を追い込み、本書の執筆に先がけて日本品質管理学会の機関誌「品質」における企画連載を自ら志願して担当させていただくことになりました。2014年1月(Vol.44, No1)からスタートした「連載:事業の高付加価値化に向けた新たな思考技術の確立と組織マネジメントの在り方」は本書の執筆ペースを飛躍的に高める上で効果てきめんでした。提出期限が存在することの重要性を再認識した次第です。本書は「品質」の企画連載原稿をベースに仕上げたものです。

そして、研究室の学生たちにも感謝の言葉を述べたいと思います。7年間にもわたる険しい道には、いつも隣で学生たちが一緒でした。彼らがいてくれたから、私は走り続けることができていると思っています。加藤研究室が「目標創造力の向上」を掲げるようになった当時の学生メンバーだった池田祐一君と奈良亜美さんは、指導教官(=私)自身が右往左往している中、一緒になって一生懸命に考えてくれました。加藤研究室における現在の流れは、彼ら二人が作ったと確実にいえます。筆者にとって初めての著書「JSQC選書9 ブランドマネジメント」(日本規格協会)の執筆において、池田君と奈良さんは決して欠かすことのできない共創者でした。今回の著書も加藤研究室の現メンバーとの共創の賜物です。大野正博君、安藤彰悟君(現、修士1年)、丹羽正樹君、野末卓君(現、学部4年生)はもはや共同執筆者です。彼らとの強固な連携が、本書の完成を早期実現しました。なお、本書の第4章に掲載された「明らかに異色な4コマ漫画」は筆者の研究室の丹羽正樹君の作品(?)です。

そして、松村喜弘君。彼が居なければ、出版どころか理想追求型QCストーリーそのものを確立することができなかった。松村君が加藤研究室に在籍した3年半の月日は、順調な時よりも、苦難の時のほうがはるかに多かったと思います。企業とのワークセッションがうまくいかず、どう対処すればいいのかわからずに途方に暮れたことは数知れず。でも、隣にはいつも松村君がいて、打開策を一緒に考えてくれました。私にとって最高の共創パートナーでした。あのときの味穂会談が、いまこうして実を結んだことを感慨深く思います。

素晴らしい仲間との出会いは名古屋工業大学への着任なくしてありえませんでした。長年住み慣れた地を離れ、知らぬ地に来た当初は戸惑いの連続でしたが、いま自信をもって言えます。「名古屋工業大学に来て本当に良かった」と。この大学が私の人生を変えたと思っています。心から感謝しております。

私事で恐縮ですが本書に賭けた筆者の思いを最後に綴らせてください。
2010年11月に椎骨動脈解離という脳血管損傷の病気が発覚して以降、筆者は失意のどん底にありました。仕事量を制限しなければならなくなり、多くの関係者にご迷惑をおかけすることになってしまい、自分を責める毎日が続きました。その間、多くの仲間や同僚、ご一緒していた企業のみなさまから励ましていただき、このまま腐ったままでたまるか!という気持ちを少しずつ高めることができました。

そして翌2011年7月23日、これまで応援してくださった方々に「私はこれからもがんばります」とお伝えしたい一心で、再起を誓う自主講演を開催しました。その講演会に270名もの実務家のみなさまが駆けつけてくださった時の感動はいまでも決して忘れたことはございません。いまの私があるのは、みなさまからいただいた応援があったからです。あの日があったから、いまの私があります。みなさまについに理想追求型QCストーリーができました!と少しでも早くご報告したくて、本書の完成に情熱を注いでまいりました。

たくさんの方々に支えられ、たくさんの応援をいただいたことに、言葉では言い表しようのない感謝の気持ちでいっぱいです。私は本当に幸せ者です。私の脳血管損傷の病気は、ここ2年、幸いにして改善の方向に向かっております。今度こそ、私がみなさんを応援する番です。

私の思いは一つです。我が国製造業が光り輝く存在で在り続けるために。この思いしかありません。本書が出来たばかりではございますが、すでに続編としての「事業創造人材の育成」というテーマに着手いたしました。いまだに微力ではございますが、我が国製造業の更なる発展に少しでもお役に立てますよう、生涯を閉じるまで全力を尽くすことを誓い、まえがきを締めくくらせていただきます。

2014年10月20日
加藤雄一郎

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