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人間は皆同じ物理的世界に住んでいる。皆この共通の環境から情報を引き出し、できる限り最高の心的表示を構成するという仕事に生涯従事している。
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人間の認知は、個人の世界に関する知識を向上させることを目的としている。このことは、当人に大きな関心がある分野でより正確でより簡単に検索でき、より発展を遂げた情報をよりたくさん加えるということを意味している。
→ 人間はみな、自らの認知環境をより良いものにしたいと考えている
長期の認知効率性(cognitive efficiency)は、与えられた利用可能な資源の範囲内でできる限り世界に関する知識を向上させることにある
一方、短期の認知効率性とは、頭脳が次の2,3秒もしくは1000分の2ないし3秒を費やす費やし方の効率性である。(1)人間の感覚能力は中枢概念能力(central conceptual ability)が処理できるよりはるかに多量の情報を監視し、(2)中枢能力には常に未完の作業がたくさんあり、あらゆる瞬間に多くの異なる認知作業が行われる可能性がある。効率的な短期情報処理の鍵は、中枢処理資源を最適に割り当てること。
情報の中には古いものがある。即ち、個人の世界の表示の中にすでに存在するものである。ある特別な認知作業の遂行に必要でなく、記憶より環境から得るほうが簡単であるのでなければ、このような情報は処理する価値はまったくない。
また情報の中には新しいだけでなく、個人の世界の表示にあるものとどれもまったく関係がないものがある。その場合は、孤立した断片のままでしかこの表示に加えられないので、これは通常利益が少ないわりに処理コストが高すぎることになる。
→ 提案された文脈情報が、顧客がこれまでに築き上げた表示と関連性が見い出されない場合、孤立した断片のままになる可能性が高い。
また、情報の中には新しいが古い情報と関係があるものがある。このような相互査関係にある新しい情報と古い情報が推論過程で前提として一緒に使われた場合、さらに新しい情報が引き出せる。このような情報はこのような古い前提と新しい前提の組合せがなくては推論不可能であった情報である。新しい情報の処理がこのような相乗効果をもたらすとき、これを「関連性がある(relevant)」と呼ぶ。相乗効果が大きければ大きいほど、関連性も大きいのである。
ピーターはメアリーにある現象を提示した。メアリーがたまたまある現象に注意を払ったり、それをたまたまある方法で描写することになる理由は何だろうか。なぜ、環境の変化の結果として顕在的になったり、前よりもっと顕在的になった想定を心の中で処理することになるのだろうか。その答えは、メアリーはその時点で最も関連性のある想定を処理することになるからである。
ピーターが後方に体をそらした結果、メアリーは色々な物の中でも3人の人が見えるとしよう。それはメアリーがベンチに座った時に気づいていたアイスクリーム売りと、メアリーがこれまでに会ったことのない、散歩をしている普通の人と、メアリーの知り合いのウイリアムである。ウイリアムが2人のいる方に近づいてくる。ウイリアムはちっとも面白くない人物である。この3人それぞれに関する多くの想定が程度こそ違え、メアリーにとって顕在的である。メアリーは最初にアイスクリーム売りに気づいた時に、その存在から含意されることをすでに考慮していたかもしれない。もしそうなら、今さらこのアイスクリーム売りに注意を払うことは処理資源の無駄である。見知らぬ散歩者の存在はメアリーにとって新しい情報であるが、この情報にはまったくといっていいほど、伴うものがない。したがって、この場合もこの人について知覚し推論できる内容がメアリーにとって関連性のある可能性はあまりない。それらとは対照的に、ウイリアムが自分の方に近づいてくるという事実からは、メアリーはそれを使ってさらに多くの結論を導くことができるような多くの結論を引き出すことができる。そうすると、これこそがメアリーの認知環境の中で真に関連性のある変化である。即ち、これこそメアリーが注意を払うことになる特定の現象である。もしメアリーが認知効率性を目指しているならば、そういいうことになるはずである。
→ 顧客の認知環境に対して、あらたな文脈価値が企業から提案される状況を考えてみよう。提案された文脈価値は新しいものであるが、その内容にはまったくといっていいほど伴うものがない。したがって、この提案について知覚し推論できる内容が顧客にとって関連性のある可能性はあまりない。一方、提案された文脈価値から顧客はその提案内容をもとに多くの結論を導くことができる。そうすると、この提案は顧客の認知環境の中で真に関連性のある変化とみなされる。すなわち、これこそ顧客が注意を払うことになる特定の情報である
人間は皆自動的に可能な限り最も効率的な情報処理を目指す。これは、意識しているといないとにかかわらずそうである。実際、個人の意識的関心が非常に多様で移り変るのは、変化する状況においてこの永続的な目的を追求している結果である。いいかえれば、ある時点における個人のある特定の認知目標は、常に一般的な目標、すなわち処理される情報の関連性を最大にすることの実例である。
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知覚可能な行為はすべて、無限の想定を顕在化する。意図明示行為の受け手はいかにしてその中のどれが意図的に顕在化されたものかを発見するのであろうか。たとえばメアリーはいかにして、ピーターの行為の結果自分にとって顕在的になった現象のうち、どれがピーターが自分の注意を引こうとしたものであるのかわかるのであろうか。
情報処理には労力が伴うので、何らかの見返りの期待がある場合にしか着手されない。したがって、その人が注意を払う価値があるだけの関連性がありそうでなければ、誰かの注意をある現象に惹きつけても無駄である。
関連性の保証のおかげで、メアリーは新しく顕在的になった想定のうちどれが意図的に顕在化されたかを推論することができる。
推論過程は次のようになる。まず第一に、メアリーはピーターの行為に気づき、それが意図明示的、すなわち、その行為は何らかの現象にメアリーの注意を引きつけようと意図しているのであると考える。もしメアリーがピーターの関連性の保証に十分な信頼を持っていれば、メアリーはピーターの行為によって自分にとって顕在化した情報の一部は自分にとって本当に関連性があると推論できるであろう。そしてメアリーはピーターが体をそらしたことによって見えるようになった周辺に注意を払い、アイスクリーム売り、散歩をする人、例のいやなウイリアムなどを発見するのである。ウイリアムに関する想定が新しく顕在化された想定の中で唯一、メアリーが注意を払う価値があるほどの関連性があるものである。ピーターの意図明示行為に関する他の想定は、その想定に関連性が保証されているとメアリーが考えるには相応しくない。
メアリーは自分が避けたい人物がやってくるということだけでなく、ピーターが自分にそのことを気づかせようと意図したこと、そしてピーターもそれに気づいていることにも気づいている。ピーターの観察できる行為に基づいて、メアリーはピーターの思考の一部を発見したのである。
意図明示行為は人間の思考に関する証拠を提供する。それがうまくいのは、この行為が関連性の保証を含意するからである。このような関連性の保証を含意するのは、人間は自動的に最も顕在的と思われるものに注意を払うからである。筆者の主張の中心となるのは、意図明示行為は関連性の保証を伴い、この「関連性の原則」がこの意図明示の背後にある意図を顕在化するということである。
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