以上のように、Appleは顧客と共に継続的に文脈価値を実現していたといえる。
長期にわたる良好な顧客関係性の構築は、文脈価値の継続的な共創によって達成されると考えることができそうである。
ただし、実現された文脈価値は、Appleから提案されるまで顧客においてニーズとして顕在化されていたものではない可能性がある。たとえば、・・・という文脈価値が考えられる。
この文脈価値は、提案以前は顕在的でなかっただけであって、顧客において潜在的には存在していたという捉え方ができる可能性もある。
しかし、顕在的あるいは潜在的を問わず、顧客が必要性を見い出していなかった文脈価値の場合、顧客がappleの提案を自らに価値があるものとして判断するとすれば、そのプロセスはどのように説明できるのだろうか。
マーケティングの分野ではかねてから潜在ニーズを捕えることの重要性が説かれてきたが、本章では潜在ニーズすらなっていなかった事柄が、企業からの提案によってニーズとして受け入れるプロセスについて考察する。
≪中略≫
このように、新しい文脈価値に関する企業側からの提案が顧客に受け入れられやすくする上で、文脈価値の背後にある企業の意図を理解していること、さらにはその意図を顧客が共感をもって受け止めていることが有効であるといえる。「・・・・」 というappleの意図が、顧客に対するappleの新たな提案が受け入れやすくしていると考えることができよう。
カテゴリ・イノベーションの出発点は顧客の使用文脈に着目したコンセプトであると述べた。
そのようなコンセプトに記されるべき使用文脈はどのようなものであるべきか。
個々の文脈価値を束ねる意図こそ、コンセプトとして記すに相応しいというのが、本研究の主張である。
そのような意図は、これまでの文脈価値と、これから新たに提案する文脈価値を束ねるものである。今後、どのような新たな過ごし方を共創していくかという発想の拠り所になるものといえる。
意図は、文脈価値の実現行動によって達成される。
一つ一つの文脈価値は、それだけでは意図の成就にはならない。
意図を成就させるべく、それに相応しい文脈価値が次々と考案され、そして顧客と共に実現される。
その過程では、価値実現の手段として必要な製品・サービスが提供される。
顧客はこれらに対して自らの知識・スキルを適用して価値実現を図る。
価値実現の試みを繰り返すうちに、顧客の知識・スキルは熟達していく。
顧客の知識・スキルの熟達に合わせて、新たな製品・サービスが提供される。
このように考えると、
ある時点で提供される製品・サービスは、その時点では最良の価値実現手段として提供されるが
顧客との試行の繰り返しを通じて、次第に最良ではなくなっていく。
その後に提供される製品・サービスに取って代わられる。
iPhoneやiPadの登場によって、過去は最良な手段だと考えられていたiPodがその座を失うということは当然の成り行きと言えよう。
こうして考えると、ある時点での製品・サービスは、意図の成就という観点から見ると、常に過渡的な手段に過ぎず、製品・サービスは常に半製品に過ぎないと考えることができよう。