人間の認知機構は入力系(input system)と中央系(central system)から構成されており、あわゆる瞬間に多くの情報処理作業が行われる。入力系では視覚や聴覚などの人間の感覚器官が膨大な情報を監視しており、それらの情報は入力系から中央系に送られる。ただし、入力系が送る情報量は中央系が処理できるよりはるかに多いため、中央系に入ってきた情報の処理は未完の作業が数多く存在することになる。したがって、入力系から送られてくる膨大な情報のなかから、最小限の処理コストで、最大の認知効果をもたらす情報の処理に中央系の処理資源を割り当てようとする原理が働く。これを「関連性の認知原則」という。なお、認知効果とは中央系がこれまでに形成してきた「世界に関する表示(conceptual representation)の集合」をより良いものに修正することを意味する。人間は、さまざまな物事に対する自らの認識をより良いものにすることを常に望んでいる。ただし、人間の情報処理能力には限りがあるため、効率的に自分を取り巻く環境と向き合おうとする原理が働く。外部刺激に接した際は、その刺激情報から様々に想定されることの中から、当人の認知環境に最も関連性のある想定が選ばれる。このように、情報の受け手が接触情報をどう解釈するかは当人の認知環境に大きく依存することがわかる。
関連性理論による人間の解釈メカニズムは、企業が顧客に対して行う価値提案にも当てはまる。企業が提案する情報をもとに顧客が文脈価値を定めるプロセスは、企業からの提案情報から様々に想定される事柄のうち、当人の認知環境のなかでより強い関連性をもつものが選択される(川口,2012)。たとえばiPhone登場時の「iPodと電話と通信ネットワーク機器が一体となった新製品」という情報から、受け手は「それ1台ですべて事足りるから便利だ」、「本を持ち歩かずしていつでも読書ができる」、「かばんが軽くなる」など様々なことを想定する。これらの中から、顧客においてより顕在的になっているニーズに関連することが当人の文脈価値として設定されることが予想される。このように、顧客に対する企業の提案情報が、顧客の認知環境との関連性で処理されることは次のような問題を発生させる恐れがある。